【意見】2007/12/05
『「中教審教育振興基本計画特別部会「検討に当たっての基本的な考え方について(案)」および「重点的に取り組むべき事項について(案)」についての意見』
全教は、文科省の求めに応じ、「中教審教育振興基本計画特別部会「検討に当たっての基本的な考え方について(案)」および「重点的に取り組むべき事項について(案)」に関する意見を示しました。
2007年12月 5日 全日本教職員組合
まず、教育振興基本計画の策定にあたっては、2つの原則があると考えます。
第1は、政府による教育内容不介入の原則に立つべきであるということです。
教育の原則は、国民の幸福追求権を定めた憲法第13条、思想・良心の自由を定めた憲法第19条、学問の自由を定めた憲法第23条、国民の教育権を定めた憲法第26条など、憲法によって直接導かれるものです。旭川学テ最高裁判決が、「教育内容に対する…国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」「憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入は…憲法26条、13条の規定上からも許されないと解することができる」と述べているのも、この憲法の原則に立ったものです。当然のことながら、憲法は改正教育基本法の上位法であり、とりわけ、教育振興基本計画という教育にかかわる計画を政府が立案する場合には、この原則を踏まえる必要があると考えます。
第2は、子どもたちにゆきとどいた教育をすすめるため、子どもの実態、学校の実態をふまえた教育条件整備に限定して、具体的な計画を立案すべきであるということです。
とりわけ予算作成権限を持つ政府の、教育に対する責務は、教育を振興させるにふさわしい予算措置をともなうものであるべきであることは当然であると考えます。このことは、教育基本法第16条第4項で、「国及び地方自治体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない」と定めていることからも、また、教育振興基本計画が「今後10年先を見通した施策の基本的方向と、政府が5年間に取り組むべき具体的方策について示す」とされていることからも、行うべき条件整備の施策は年次計画も含めた具体的なものでなければならないと考えます。
また、貧困と格差拡大が子どもの就修学権までおびやかしているもとで、経済的理由によって教育を受ける権利が困難にさせられてはならないと考えます。このことについては、教育基本法第4条3項でも「国及び地方公共団体は…経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない」と述べられています。そうした子どもたちへの財政援助も含めた計画の策定も教育条件整備の一環として行われなければならないと考えます。
以上を述べたうえで、「検討に当たっての基本的な考え方について(案)」(以下、「基本的な考え方」)および「重点的に取り組むべき事項(案)」(以下、「重点事項」)について、とりわけ高校以下の教育にしぼって意見を述べます。
第1は、政府の教育に対する介入、関与が強められるのではないかという強い危惧です。
「基本的な考え方」は人間像として3つを述べていますが、政府が人間像にまで踏み込んでものを言うべきではないと考えます。改正教育基本法も第1条の教育の目的には、「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者」を育てるとしており、人間像までふみこんではいません。どのような子どもを育てるかということは、憲法第26条にもとづき教育権を持っている国民が決めるべきことであり、政府があるべき人間像まで述べるべきではないと考えます。
「重点事項」では、教育の内容について、学習指導要領改訂に向けて中教審教育課程部会が発表した「中間報告」にほぼ対応した内容を記述していますが、教育振興基本計画において教育課程部会の「中間報告」を重ねて記述する意味はどこにあるのでしょうか。すでに私たちは、教育課程部会「中間報告」に対する意見を表明しており、私たちの考えはそこに譲りますが、教育現場が一番困っていることは、文部科学省がこれまで、学習指導要領に「法的拘束力」があるとして、現場の実情も踏まえず押しつけてくるという実態があることです。これをさらに教育振興基本計画に書き込むということになれば、教育の内容についての政府の関与がさらに強められることになるのではないかという強い危惧を感じます。しかも「重点事項」では、教育課程部会「中間報告」にも記述がなかった「学習指導要領の…運用について常に見直しを行う」とされています。どのような「見直し」を行うのか、この表現では不明ですが、それが現場の裁量を拡大する「見直し」であればともかく、さらに現場に対する拘束を強める「見直し」となれば、現場の教育はいっそう困難になるということを率直に指摘しなければなりません。また、道徳教育にかかわっては、「指導方法・指導体制等に関する研究や教材の作成などに総合的に取り組む」と述べられていますが、この文章の主語がありません。指導方法や教材作成にとりくむのは、当然のことながら教育課程編成主体としての学校であると考えますが、もし、この文章の主語が政府であるのならば大きな問題であり、行ってはならないことです。
第2は、子どもと教育現場の実態に見合った教育条件整備については、もっと具体的な施策が述べられなければならないと考えます。
私たちは、一人ひとりの子どもたちを大切にし、教師の目をゆきとどいたものとするために、30人学級をはじめとする少人数学級の実現は、差し迫った課題であると考えています。いま、東京都を除く46道府県で、30人学級を含めた少人数学級が何らかの形で実施されています。そしてそれが教育効果をあげていることは、「学力・学習状況調査」の結果からも明らかです。
子どもたちにゆきとどいた教育をすすめるために、国の責任での30人学級に踏み出さなければならないときであると思います。こうした問題こそ、年次計画を立てて、数値目標を上げ、実行へむけたとりくみをすすめるべきではないでしょうか。ところが、「重点事項」には、まったく記述がありません。これで「教育立国」といえるのでしょうか、はなはだ疑問です。
また、文部科学省が行った教職員の勤務実態調査の結果からも、日本の教職員は過労死寸前の勤務労働条件のもとにおかれていることが明らかになり、文部科学省も教職員定数増を概算要求し、中教審教育課程部会もこの部会としては異例の教職員配置の改善に言及するに至っています。教職員の勤務労働条件は子どもにとってもっとも重要な教育条件の一つであり、何といっても教職員定数増は、現場の切実な願いです。
文部科学省はこれまで第7次まで教職員定数改善計画を立案し、実行してきました。ところが昨年度は第8次定数改善計画の策定を見送りました。今年度予算で文部科学省は、3年間で2万1000人の教職員定数増を概算要求していますが、教育振興基本計画に、教職員定数の抜本的改善のための第8次定数改善計画を、これも年次計画と数値目標を示してかかげるべきであると考えます。
30人学級の実現も、教職員定数増も当然のことながら必要な予算措置をともなうものです。「基本的な考え方」には、教育は「未来への先行投資」と明確に述べられ、「行財政上、教育に格段の力を注ぐ」と述べられていることからも、こうした措置を行うことは当然ではないでしょうか。
第3は、地域間格差を是正する措置を盛り込むべきであるということです。
「基本的な考え方」においても、「地域間の格差の広がり」が指摘されています。しかし、この間政府がやってきたことは、義務教育費国庫負担制度を改悪し、これまでの2分の1国庫負担から3分の1負担へと削減するなど、格差解消どころか、地方自治体の財政力の違いによって教育格差が引き起こされる施策でした。こうした施策を抜本的に見直し、当面、義務教育費国庫負担を2分の1に戻すなど、地域間の格差を是正する方向での教育振興基本計画の立案が求められていると考えます。
第4は、経済的事情によって就修学が困難になっている子どもたちに対する手立てが必要であるということです。
「基本的な考え方」においても、「経済的格差の固定化への懸念」「非正規雇用の増大」などの問題意識が述べられています。いま、貧困と格差が広がるもとで、経済的理由で退学を余儀なくされる高校生、修学旅行費が払えないために修学旅行に行けない子どもたちなどが増大しています。経済的格差が子どもの就修学権を脅かしているのが実態です。そもそも日本は、大学の学費をはじめ、教育費の父母負担は大変大きいものであり、ある試算によれば、4歳から幼稚園に入り大学学部卒業までの学校教育費は、そのすべてを公立校で過ごした場合は793万円、私立校で過ごした場合は約1538万円になるともされています。これでは、経済的格差が子どもの進路を閉ざすことにもなりかねません。
「重点事項」においては、幼児期については、「幼児教育の無償化」についての「検討」と「当面、就学前教育についての保護者負担の軽減」については、言及されており、これについては評価するものです。しかし、問題は幼児教育の段階にとどまらないものであることは、先に述べたとおりであり、その他の経済的援助についても検討し、具体化するべきであると考えます。
憲法第26条は、義務教育の無償を明記しており、OECD加盟国30カ国中15カ国は大学も授業料を徴収しない無償制です。そして、これらの国の多くは、返還の必要のない給費制の奨学金も充実しています。現在政府が批准を留保している中等教育と高等教育までの漸進的無償化を定めた国際人権規約A規約第13条2項(b)(c)を一日も早く批准し、将来的には、高等教育までの無償化を行うべきであると考えますが、当面、高校教育以下の無償化実現に向けた具体的な施策が求められています。
「基本的な考え方」において、教育が「民主主義社会の存立基盤」と述べ、国の役割として「全国的な教育の機会均等を実現するための資源の確保」と述べていることからも、政府が策定する教育振興基本計画ならではの視点と角度を持って、文部科学省だけでは対応できない「貧困と格差拡大」が教育にもたらしている問題に対応できる諸施策についても対象として、計画の策定を行うべきであると考えます。
以上申し上げた私たちの考えについても、真剣な検討をお願いし、意見表明といたします。
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